では基本とは何か 2

松山英樹が太平洋マスターズに優勝し、石川遼が優勝の花道を出迎えた。暫らく明るいニュースに乏しかった日本の男子プロゴルフ界に、若者が爽やかな話題を提供してくれたが、日本のゴルフ界は稀に見るこの二人の逸材を大切に育てなければならない。ゴルフに限らずどんな世界でも逸材は存在し、若くして才能の片鱗を見せるものは多い。特に体力勝負のスポーツ界ではその傾向が強いが、なぜハタチを過ぎると唯の人になることが多いのか。低迷し続ける日本のゴルフ界は、この逸材を決して唯の人に終らせてはならないのだ。

 

「神童もハタチ過ぎれば唯の人」とはよく言われることだが、実例は周囲にいくらでもある。反対に「大器晩成」とも言われるが、いま男子プロゴルフ界はアラフォー世代に支えられている現実がある。ジャックニクラスがシニアツアー入りしたとき「私のゴルフはまだ進化していると思う」といった言葉を思い出すが、それは負け惜しみでもなく実感だったに違いない。二クラウスのあと帝王の座を継いだトム・ワトソンが、還暦を迎えた年に全英オープンでプレーオフになるまで優勝を争ったことは記憶に新しい。

 

ハタチ過ぎて成長が止まるのを「早熟現象」ともいうらしいが、肉体的な成長が止まることが原因か、精神的に成長し始めることが原因か良く分からない。
両方が原因になっているとも思えるが、両方が原因になっているとすれば肉体と精神の成長は二律背反してしまう。それではスポーツ選手の人間的な成長はありえないことになってしまうから、この考えは間違っている。人間的な成長は艱難辛苦という人生トレーニングを受けないと得られないと言われるが、早熟現象が起きる人はハタチまでに大成してしまい、人生トレーニングを受ける機会を失ってしまったことが原因なのだろうか。

 

確かにタイガー・ウッズは尊敬する父親の保護を失ったら、厳しい人生トレーニングに耐えられず人生そのものを破綻させてしまった。反対に横峰さくらは父親の手を振り払って自ら人生トレーニングに飛び込んだら、どんどん成長し始めた。ゴルフが人生ゲームに例えられるだけに、この二人は対照的な存在だ。石川遼も松山英樹もこれから人生トレーニングが始ることになるが「では基本とは何か」という課題が生まれる。松山英樹は東北の人に励まされてマスターズに出場しようと決意したそうだが、最初の人生トレーニングとして最高の基本プログラムを与えられたのではないだろうか。見ていて成長を感じる。

 

秘訣とは何か

「学問に王道なし」という言葉があるが、ゴルフにも秘訣はない。米国のトップコーチ達が繰り返し言うことは「基本の反復練習」である。だったら基本の反復練習が秘訣と言うことになるのではないか。これでほとんどの人が「なーんだ」といってがっかりする。がっかりした人の中に名人や達人はひとりもいない。「そうか」と言って基本の反復練習を始める人は名人や達人の証拠だ。
いまタイガー・ウッズと石川遼は毎日「基本の反復練習」をしているらしいが、それを聞いただけで彼らが一級のプレーヤーであり本物のアスリートであることが分かる。なぜなら簡単なようで私たち凡プレーヤーには絶対できないことを根気良くやっているからである。

 

「基本とは何か」という課題は永いあいだ大問題だった。基本が秘訣ならその秘訣は何か、その秘訣は基本だという堂々巡りを繰り返すことになるからだ。その大問題に取り組んだのがNGF(National Golf Foundation)である。1960年代に米国の著名な大学教授やコーチ、女子プロがNGFに集結してNGF教育開発プロジェクトが編成され、ゴルフを学校教育に導入するために基本を統一し、生徒用基本テキスト、インストラクターズマニュアル、コーチズガイド、視聴覚教材を制作した。米国の多くの現役プロがこの統一基本によってゴルフを学んだが、米国のプロがジャック・ニクラウス以降みな同じようなスイングに見えるのは基本が同じだからである。

 

ではその基本はどのようにして定められたかというと、近代ゴルフを確立したベン・ホーガン、バイロン・ネルソン、サム・スニードに代表される戦後のトッププレーヤーたちのスイングに共通する点を検証し、その共通点から誰でも学べる要因を体系的に組み合わせたのである。この手法は米国を工業生産王国に発展させた生産性革命の生みの親、ウィンスロー・テイラーの『科学的管理法』に基づいている。テイラーは熟練工の技を徹底分析し、熟練工に共通する点を一定のトレーニングで誰でも修得できる学習体系としてシステム化した。ドイツ人カール・ベンツは最初の自動車考案者だが、熟練工の技によってクルマをつくろうとした。これに対してアメリカ人ヘンリー・フォードは科学的管理法によって職工を短期養成し、大量生産システムを導入して自動車王国を築いた。

 

テイラーの科学的管理法はアメリカの伝統ワザとしてゴルフ教育にも導入されたが、米国PGAツアーを観ていると次から次へと有望新人が生産されてくるシステムが理解できる。生産工場は数多くのカレッジであるが、スタンフォード大学のような超名門校がトム・ワトソンやタイガー・ウッズなどのトッププレーヤーを送り出す姿に、米国ゴルフ界の奥の深さと教育システムの凄さをあらためて考えさせられる。同時に基本トレーニングが秘訣という意味も良く解る。