ハンディキャップ・インデックス

階級意識の強い土佐藩を脱藩して江戸に出てきた坂本竜馬は、見るもの聞くこと全てにビックリ仰天したはずだ。とりわけ竜馬が腰を抜かしたのは、勝海舟に地球儀を見せられ、日本の裏側にあって土佐の百倍もあろうかと思われるアメリカ国では民が殿を選び、殿は奴隷のことまで心配していると聞かされたときだろう。封建制度を常識として生きてきた竜馬にとって、デモクラシーなどという概念は想像の域を超えて理解し難いことだったに違いない。恐らく知恵熱にうなされる日々が続いたと思われるが、竜馬はこの日から自分のことなど考えない本当のサムライに生まれ変わった。竜馬が変えられ、日本が変えられようとした頃を私たちは幕末維新の時代と呼んでいる。

 

20世紀末1970年代にアメリカではゴルフイノベーション(変革)が起きていた。<ゴルファーのゴルファーによるゴルファーのためのゴルフ>にしようという変革である。アメリカゴルフ界といえども階級社会や差別意識が長く続き、今でも一部に根強く残っていて宗教・人種・職業が違えば会員になることもプレーすることも許されないプライベートコースが多くある。「えっ!アメリカってそんな遅れた国か」と思う私たちは、竜馬同様デモクラシーの意味がまだ本当には解っていないのだろう。「人は全て神の下に平等」というデモクラシーの根本理念が解っていたのは「天は人の上に人を創らず人の下に人を創らず」といって「学問のすすめ」を書いた福沢諭吉くらいなのかもしれない。宗教・教育・職業選択の自由が保障される反面、価値観を同じくするもの同士が結束したり結社する自由も保障されている。それ自体不平等でも差別でもなく、全ての人に平等に与えられている権利だからである。

 

アメリカのプライベートコースは4500弱、コースメンバーは180万人程度と思われるから全ゴルファーの6.5%程度に過ぎない。90%以上は所属コースを持たないパブリックゴルファーだ。2500万人ほどのパブリックゴルファーが12000ほどのパブリックコースで自由にゴルフを楽しんでいるのがアメリカゴルフ界ということになる。パブリックコースはハンディキャップ・インデックスを持っていれば誰でも$20前後でプレーできる。ハンディキャップはゴルファー証明でありインデックスは技量偏差値を意味するから、18ホールをまともにプレーできるプレーヤー証明書ということになる。その反面、大臣・著名人といえどもインデックスを持っていなければゴルフプレーヤーとはみなされず、パブリックコースのフロントでは地位身分に関係なく、皆に迷惑を掛けるという理由で即座にプレーを断られる。これがデモクラシー社会の掟だ

 

新世紀のゴルフ

18歳の若者はゴルフユートピアで何を見たか。ビックリ仰天の連続に腰を抜かしたか、自分の無知に気付いて飛び上がったに違いない。アジアの文明国で育った礼儀も知性も備えた勇敢な若ザムライは、英語だって解るし経験も積んでいるのに、なぜ世界の事情が分らないのか。

 

「君のHandicap Indexいくつ?」と聞かれ、馬鹿言うなプロにハンディキャップがある訳ないじゃないか。「ハンディキャップではなくインデックス。インデックスがないとゴルフできないでしょう?」。何言ってんだろう、この人たち。
「スタートにConversion Tableが掛けてあるからSlope Rate見てしっかりCourse Managementしないとゴルフにならないヨ」。言ってることが全然わからない。スタート小屋の前に行ってみると、オジサンやオバサンが壁に掛けてある表を見てスコアカードに何やら書き込んでいる。若者を見て人なつこく笑って「あなたのインデックスおいくつ?」。また同じ事を聞かれる。チクショウ英語が分るのに何故何を言っているのか分らないのだろう。優しそうなオバサンはきょとんとしている若者に「あら、あなたまだゴルフ始めたばかりなのね。このコースはスロープが高いからホワイトでプレーした方が楽よ。」と言って自分もホワイトティーから軽やかなスイングでフェアウェイセンターにボールを打つと、カートに乗り手を振りながら行ってしまった。俺をナニサマと心得る。

 

そう、コースにいるのはみんな良きゴルフ仲間で何様は一人もいない。オバマもクリントンもミケルソンもゴルフ場ではみんな良きゴルフ仲間だ。誰と一緒にプレーしようと、ひとり一人がコースハンディキャップを貰ってコースと真剣勝負をしている。誰もがセルフプレーだから、しっかりコースマネジメントをしないと本当にゴルフにならない。コースがタフでお互いに励まし助け合うから、一回一緒にプレーすれば戦友のように仲良くなる。クラブハウスに戻っても「あの時ローピッチの方が良かったかな」「イヤ君のマネジメントは正しい。ロビングでなければ奥が池だからリスキーだよ」「あのホールは僕のハンディキャップホールだから攻めても良かったんじゃないかな」「でもスロープレートが高いからハンディキャップホールを安全にプレーした君のマネジメントは正しかったと思うヨ」。普通のゴルファーが$1コーヒーを飲みながら、難しいことを楽しそうに話し合っている。21世紀に入って世界中がマネジメントゴルフを始めたが、日本のゴルファーだけ蚊帳の外に取り残された。極東の島国に住む日本人は、世界のグローバルスタンダードを知らずに井の中に安住している。ユートピアで若者が味わった驚きは、きっと大きな成長の糧になったはずだ。