マネジメントゴルフ

ベテラン谷口徹が「日本プロゴルフ選手権」でまた優勝した。距離があって難度の高い烏山城C.C.は日本の巨匠井上誠一の設計によるが、このコースは井上誠一最後の遺作とも言われている。コースを創設したのは長い間JGA の発展や改革に貢献された田村三作氏だが、日本一のコースづくりを目指していた田村さんが井上誠一を見込んで設計依頼したと聞く。田村さんは毎日散歩をかねてコースを回り、井上誠一の設計思想を大切にしながらも改造に改造を重ね今日の姿にされた。特に上がり三ホール16,17,18番でドラマが演出されるよう、その舞台装置づくりに田村さんの渾身の知恵と情熱が込められている。そんな田村さんはゴルファーや指導者の養成にも深い理解と情熱をもっておられたから、この烏山城C.C.からどれだけ多くの人材やトッププレーヤーが育ったか数え切れない。だから日本のゴルフメッカといっても差し支えない。

 

アメリカ型科学技術ゴルフがパワーゴルフからマネジメントゴルフに姿を変えていた裏舞台では、USGAがハンディキャップシステムの大改革を行っていた。つまりストロークプレーはプレーヤーとコースのホールマッチという思想に基づいて、プレーヤー側の技量偏差値をハンディキャップインデックスと言う概念で、コース側の難度偏差値をコースレートとスロープレートという概念で捉えるようになってきた。この概念から『孫子の兵法』が説く「敵を知り己を知れば百戦これ危うからず哉」という現代マネジメントゴルフの思想が生まれてきた。マネジメントゴルフをするには、コース側もUSGAハンディキャップシステムによるUSGAコースレート・スロープレートを導入しなければならないが、田村さんはJGAより10年以上も早くUSGAシステムを導入している。

 

優勝した谷口徹は米国PGAツアーを戦ってきている歴戦の古参プロだ。本人も言うようにショットは逆球ばかり出て調子は最悪だったようだ。自分の調子と対戦相手となるコースのコンディションを、どこまで知っていたかがマネジメントゴルフの勝負の決め手となる。新聞によると谷口は、早朝コース委員がボールを転がしてグリーンスピードを計っているところを偵察し、敵情を知ったうえで作戦を立てたという。コース情報を収集して自分の最適パフォーマンスを適応させることをコースマネジメントというが、『孫子の兵法』を実践して勝った古参谷口徹と、バンザイ突撃を繰り返して玉砕した若武者石川遼の烏山城攻防戦を、天国にいる田村さんはどんな思いで観戦されたか是非とも聞いてみたい。最新長尺クラブをマン振りして、玉砕に玉砕を重ねる我ら凡人ゴルファーや若武者プロは、もっとマネジメントゴルフを勉強するか、谷口プロの爪の垢でも煎じて飲む方がきっと「早い安いうまい」にきまっている。

 

マネジメントゴルフの凄さ

1月30日米国サンディエゴ郊外のトーリーパインCCで行われた「ファーマーズ・インシュランス・トーナメント」の決勝最終ホールで物凄い光景がみられた。
最終組の前を回っていたババ・ワトソンがバンカーからピン上5メートルの難しいところに寄せ、その難しい下りパットを決めて16アンダーとし、優勝を殆んど手中に収めたかに見えた。最終組のフィル・ミケルソンは14アンダーで最終ロングホールの第二打を池の手前にレイアップして、終始ババ・ワトソンの様子を見ていたが、さすがに第三打を直接カップインしてプレーオフに持ち込む意欲を断たれたかにも見えた。

 

ところがミケルソンは打順が来るやグリーンまで歩いて来てどこにボールを落とせばカップインするか丹念に調べているではないか。じっくりとグリーン面を観察し、落とし所を見定めたうえでキャディーを呼んでピンを持って立たせ、ショットし終わったらすぐピンを抜くように命じているようである。72ヤードのアプローチショットを絶対カップインさせるという気迫に満ちた雰囲気がみなぎり、ミケルソンの真剣な様子に大観衆は水を打ったように静まり返って固唾を呑んだ。二打差をつけて待ち受けるババ・ワトソンも、きっと心臓が止まる思いがしたのではないか。

 

いま世界ツアーではピンポイントでターゲットを狙ってくるほど精緻なゴルフをしている。現代のゴルフは徹底したマネジメントサイエンスに基づいてヤード刻みに距離を測定し、コースやグリーンに関する情報を収集し、スピンコントロールされた変幻自在の弾道を放って戦略的に挑戦する。だからミケルソンの最終ホールのプレーは単なるギャラリーを沸かせるスタンドプレーではない。本人はもちろんババ・ワトソンもギャラリーもテレビ視聴者も、全員がマネジメントされたショットの成功確率を知っているから見守ったのである。

 

日本が情報鎖国している間に世界のゴルフはどんどん進化してしまった。あんなに保守的だった英国や南アフリカのゴルフもどんどん米国の科学技術ゴルフを導入しているし、韓国のゴルファーも日本の上空を通過して直接米国に渡って現代ゴルフを学んでいる。先週の「ファーマーズ・インシュランス」一日目、二日目とも韓国人選手が首位の座を窺っていたことも、日本人選手が二人とも予選落ちしたことも、どうやら偶然とはいえない気がする。日本のゴルフに明治維新が起きたと思って改めて世界に目を向けてショットすれば、きっと文明開化の音がするに違いない。

 

基本の大切さ

「何事も基本が大切」という言葉は頻繁に聞く割に、実際は結構おろそかにされているようだ。あのタイガー・ウッズですら、今は基本に戻ってスイング形成やパッティングドリルをやり直しているというし、石川遼も試合のあと「もう一度基本を徹底的にやります」とよく言っている。世界一や日本一を誇るトッププレーヤーといえども、基本のうえに高等技術が形成されていることを証明しているようだが、その土台となっている基本とは何かとなると、多くの人が沈黙してしまう。実は、ゴルフの基本は1970年代以降に確立したもので、それ以前にゴルフの基本はなかった。「えっ!ウソ」という人は比較的若い世代で、「ほんとだよ」という人は間違いなく中高年世代のはず。

 

1960年代に米国ゴルフ界は学校体育授業にゴルフを導入するためNGFの開発プロジェクトチームの手によって教育プログラムが開発されていた。学校教育に導入するには、どんな生徒にも当てはまる基本を確立しなければならない。
NGFコンサルタントといわれる大学コーチやPGAプロによって編成されたプロジェクトチームは、数年の歳月をかけてNGF教育プログラムを完成させた。いわば講道館の嘉納治五郎が柔道の基本を確立した話に似ている。米国の若手中堅プロは殆んど基本教育プログラムによって育ってきた。米国で育った選手のゴルフは生体物理原則に則ったワンスイング・スクウェアシステムから飛球法則に従った9種弾道を自在に打ち分けるスタイルなのですぐ分かる。

 

9月第三週、札幌で開催されたANAオープンの最終ラウンド池田勇太と韓国K.J.チョイの一騎打はとてもおもしろかった。池田勇太は日本の強者達に育てられた職人芸。K.J.チョイは米国で育った基本ゴルフ。「何としても勝ちたい」という思いはほぼ互角のようだがスタイルの違う両者が一歩も譲らないまま、とうとう18番最終パットまで決着がつかないという手に汗握る真剣勝負となった。K.J.チョイは厳しい米国ツアーを戦ってきた若手国際選手だし、池田勇太は日本が期待する若手ホープだ。本人もギャラリーも池田勇太に優勝させたい一心が勝負を決した感があるが、米国ツアーで鍛えられたマシーンのように正確なショットと冷静なマネジメントゴルフに、池田勇太がじりじりと追い詰められていることは誰の目にも分かった。K.J.チョイが18番、計測したようなセカンドショットをバーディーチャンスにつけて、池田勇太は喉元に刃物を突きつけられたような恐怖感を味わったはずだ。K.J.チョイがバーディパットを外したために、池田勇太は冷静さをとり戻して優勝できたが、優勝パットを決めた瞬間に勇太の目から溢れ出した涙が全てを物語っていた。プレーオフになったら限界まで追い詰められた池田勇太に勝ち目はなかったはずで、イヤというほど基本の恐ろしさを知った彼は、この優勝できっと大きく成長するに違いない。

 

コースマネジメント

1979年アメリカセミナーでコースマネジメントという言葉を初めて聞いたがコース管理のことだとばかり思っていたら、講師は私たちをコースに連れて行って局面毎の状況判断要素を指導してくれた。「なーんだ、コースガイダンスのことか」と思ったのは早合点で、その頃アメリカではゴルフイノベーションが始ったばかりで、田舎ザムライにはアメリカの志を理解するには遠く及ばなかったようである。USGA(全米ゴルフ協会)ではコースレート査定とハンディキャップ制度の抜本的改革研究に乗り出していたし、米国ゴルフ設計家協会ではあらゆるゴルファーが本当のゴルフを楽しめるようコース設計に画期的変革をもたらそうとしていた。同じコースで上級者と初中級者がそれぞれの楽しさを追求できるコースデザインの探求である。衛星放送で中継されるコースの美しさは目を奪われるようであるが、美観と戦略性と経済性を同時実現した現代の米国ゴルフ場開発技術は賞賛に値する。

 

孫子の兵法に「敵を知り己を知れば百戦これ危うからずや」という戒めがあるが、ストロークプレーではコースのスロープを知ることが敵を知ること、最新インデックスを承知していることが己を知ることに当たる。スロープもインデックスも分からず「えっ!それってなに?」と言うと「敵を知らず己を知らざれば百戦これ危うし」ということになる。若ザムライには知略に長け礼節を重んじ勇敢であって欲しいと思うのは私一人だけではあるまい。若者自身も世界に通用する日本人のアイデンティティを持ちたいと願っているようだが、日本人は日本人を自覚するだけで立派なアイデンティティをもつことになる。正直・律儀・礼節が日本人の三大特性で意識すればDNAが働いてくれるはずだ。このDNAはゴルファーにとっても欠かすことのできない特性だから、基本的にゴルフは日本人に向いている。しかし闘うとなれば更に知略が必要となる。

 

現代マネジメントゴルフをするには、三大特性に知略が伴わなければ突撃と玉砕を繰り返すことになるが、私たちの先祖には楠正成、真田雪村、東郷平八郎など知略に長けたサムライもいる。コースマネジメントとは知略をもってコースと闘うことを意味するから、難しいコースに挑戦するにはまず敵を知り己を知ることから始めなくてはならない。90%以上がホームコースを持たないツアゴルファーになった現代では、闘う相手となるコースの情報をどれだけ持ち、いかに作戦を立てたかで結果が決まる。コースマネジメントの重要性は益々高まるはずだが、私たちはやっとグローバルワールドの入口を見つけたばかりだ。

 

新世紀のゴルフ

18歳の若者はゴルフユートピアで何を見たか。ビックリ仰天の連続に腰を抜かしたか、自分の無知に気付いて飛び上がったに違いない。アジアの文明国で育った礼儀も知性も備えた勇敢な若ザムライは、英語だって解るし経験も積んでいるのに、なぜ世界の事情が分らないのか。

 

「君のHandicap Indexいくつ?」と聞かれ、馬鹿言うなプロにハンディキャップがある訳ないじゃないか。「ハンディキャップではなくインデックス。インデックスがないとゴルフできないでしょう?」。何言ってんだろう、この人たち。
「スタートにConversion Tableが掛けてあるからSlope Rate見てしっかりCourse Managementしないとゴルフにならないヨ」。言ってることが全然わからない。スタート小屋の前に行ってみると、オジサンやオバサンが壁に掛けてある表を見てスコアカードに何やら書き込んでいる。若者を見て人なつこく笑って「あなたのインデックスおいくつ?」。また同じ事を聞かれる。チクショウ英語が分るのに何故何を言っているのか分らないのだろう。優しそうなオバサンはきょとんとしている若者に「あら、あなたまだゴルフ始めたばかりなのね。このコースはスロープが高いからホワイトでプレーした方が楽よ。」と言って自分もホワイトティーから軽やかなスイングでフェアウェイセンターにボールを打つと、カートに乗り手を振りながら行ってしまった。俺をナニサマと心得る。

 

そう、コースにいるのはみんな良きゴルフ仲間で何様は一人もいない。オバマもクリントンもミケルソンもゴルフ場ではみんな良きゴルフ仲間だ。誰と一緒にプレーしようと、ひとり一人がコースハンディキャップを貰ってコースと真剣勝負をしている。誰もがセルフプレーだから、しっかりコースマネジメントをしないと本当にゴルフにならない。コースがタフでお互いに励まし助け合うから、一回一緒にプレーすれば戦友のように仲良くなる。クラブハウスに戻っても「あの時ローピッチの方が良かったかな」「イヤ君のマネジメントは正しい。ロビングでなければ奥が池だからリスキーだよ」「あのホールは僕のハンディキャップホールだから攻めても良かったんじゃないかな」「でもスロープレートが高いからハンディキャップホールを安全にプレーした君のマネジメントは正しかったと思うヨ」。普通のゴルファーが$1コーヒーを飲みながら、難しいことを楽しそうに話し合っている。21世紀に入って世界中がマネジメントゴルフを始めたが、日本のゴルファーだけ蚊帳の外に取り残された。極東の島国に住む日本人は、世界のグローバルスタンダードを知らずに井の中に安住している。ユートピアで若者が味わった驚きは、きっと大きな成長の糧になったはずだ。