基本の定義と意義

基本を定め定義付けるには多くの時間と労力を要した。1960年代に米国NGFが全米の学校体育授業にゴルフを導入するに当たって、多くの優れた高校大学ゴルフコーチやLPGAのベテランプロが教育コンサルタントとして集められプロジェクトチームが組織されている。この時代はベン・ホーガン、バイロン・ネルソン、サム・スニードからアーノルド・パーマー、ジャック・ニクラウス、ゲーリー・プレーヤーに主役が移ろうとしていたときである。その時代のトッププレーヤーたちから普遍の共通点を見出し、基本を定義づけることが如何に困難なことだったか想像してみれば分かる。

 

例えば近代スイングの原形と言われる前の三人は、いずれも非の打ち所のない完璧とも思えるスイングの持主だったが、ホーガンはフェードボール、ネルソンはストレートボール、スニードはドローボールを持ち球としていた。後の三人は米国の黄金時代を築いたが、三人のスイングは個性あふれるものであったが共通点は見出しにくい。帰納法によって共通点を見出し、テイラーの科学的管理法にしたがって共通点を分析することは、そう簡単なことではなかったはずだ。それだけにゲーリー・ワイレンがオレゴン大学で『法則原理選択の理論』を書いて博士号を取得したのは大変に意義深い。

 

同時代の日本のトッププレーヤーとして杉原輝男、青木功、尾崎将司の三人を上げることができるが、この三人のスイングから共通点を見出すことは至難の業である。名を上げた内外のトッププレーヤー達は、いずれも個性的スイングとして完成しているからこそ、時代のトッププレーヤーとして一世を風靡していた訳で、常識的には他のプレーヤーと共通点などあろうはずがなかった。他のプレーヤーの多くは、トッププレーヤーの個性を秘訣と思って必死に盗み取ろうとしていた訳だから、誰もが共通点など見向きもしなかったはずだ。

 

このような時代背景の中で基本の探求は進められている。基本とは名人達人の業でありながら、万人に対して普遍的に適応できる技術でなければならない。万人とは年齢性別能力において千差万別を言い、普遍的とは誰に対しても適応できることを言う。だから基本とは初心者に対してだけではなく、名人達人に対しても基本でなければならない。基本をおろそかにする者は決して名人達人の域に達することはないし、名人達人と言えども基本をおろそかにする者はやがて凡人に舞い戻り、決して元の名人達人に戻ることはできないと言われている。タイガー・ウッズほどのプレーヤーと言えどもこの原則から逃れられない。

 

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