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ゴルフ再生への道 1-02 ゴルフ場戦国動乱期

日銀の金融緩和政策の結果、1980年代後半から91年にかけてジャパンマネーは世界に溢れ出て、英国や米国の名門コースを買い漁るまでに至った。当時は国内の新設コースの会員権募集価格が5000万円の高値をつけていたから、やがて1億円の大台に乗るのではないかと多くの人が思っていた。ところがジャパンマネーの異常事態が恐ろしくなった日銀が急遽金融引締政策に転換したため日本経済は一気に冷え込み社会は大混乱に陥った。特にゴルフ産業は壊滅的な打撃を受けたのである。建設中のゴルフ場は建設資金がショートして工事が止まり、用地買収中のゴルフ場は虫食い状態のまま計画が中断した。会員権の値上がりを見込んでコースの大改造をしたり、豪華クラブハウスに建て替えたりしたゴルフ場は多額の借金を抱え込んだまま立ちすくんでしまった。

 

国家も企業も人も成長には時間が掛かるが衰退には時間は要らない。逆流現象が起きると次から次へと想定外の事態が発生し、もぐら叩きどころか何もできずに茫然自失の状態に陥る。会員権は売れない、来場者と売上は激減する、銀行は金を貸さないという状態が始まった。更に悪いことに株と共に会員権相場も下がり始めたため、多くの人が慌てて売り急いだから忽ち大暴落へ突入していった。というのは会員権が使用目的で買われているよりも投機目的で買われていたケースが多かったからである。本来ならホームコースの会員権があれば充分なのに一人で5ヶ所も10ヶ所も入会したり、足腰立たない爺さん婆さんまで入会していた。

 

世の中の多くの人が大混乱しながらも一過性の経済変動に違いないと考えていたから、二・三年もすれば景気が回復して元の成長経済に戻るだろうと予想していた。戦争体験者も撤退どころか「今こそ打って出るべし!」と強気の姿勢を崩さず、子供まで「成績の下落はバブル崩壊によるもの」などと冗談を飛ばしていた。しかし97年に入ると事態はいよいよ深刻になり証券界では100年の歴史を誇る山一證券が倒産し、ゴルフ界では天下の日東興行が倒産した。日本中に死臭が漂い出し、日本の上空には外資系ハゲタカファンドが獲物を探して舞い始めたのである。

 

NGFはゴルフ界の国際情報機関と見られていたから、私は多くの外資系ファンドマネージャーと接見した。しかし残念ながら私自身バブル崩壊の真相も民事再生法の目的もハゲタカファンドの戦略も良く理解していなかった。日銀は日本経済を護るために、民事再生法は迅速な事業再生のために、ヘッジファンドは不良債権を買い漁るためにあると思っていたが、実態は必ずしも額面どおり単純に判断できないことが時間の経過と共に分かってきた。つまり金融政策・時限立法・外資戦略は始めからユニットになっていた気がするのだ。

 

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