騎士道と武士道

「21世紀になって騎士道と武士道とは大層な」と言うなかれ。タイガー・ウッズと朝青龍の問題は現代社会を象徴するほど深い意味がある。ゴルフも相撲も商業主義に乗って人気絶頂だから、優勝者は金と名誉と名声を同時に手にする。勝者はスターとしてもてはやされるので、つい何をしても許されると思うかもしれないが実はそうではない。勝者がいれば必ず敗者がいるし優勝者の陰に無数の敗北者がいる。まさに「一将功なり万骨枯る」という世界なのだ。敗者の報酬は無残な敗北感だけで、決してスポットを浴びマスコミに書き立てられることもない。アメリカPGAツアーでは優勝賞金1億円余を狙って世界中から選ばれたトッププレーヤー140名余が出場するが、半分は予選落ちとして二日間で帰る。どんなにひもじくても水で腹を満たして次のチャンスを狙うしかない厳しい世界を生きている。相撲の世界も給料が保障されているものの、優勝者がほとんど良い所を独り占めしてしまう優勝劣敗の厳しい世界だ。

 

騎士道はキリスト教、武士道は神道仏教の影響を受けて900年ほど前から闘士の倫理道徳として礼節や惻隠を大切にして現在に受け継がれている。ゴルフは騎士道、相撲は武士道という伝統を守ってきたので、俄かに強者や勝者に王者面をされると伝統がボロボロになってしまう世界なのだ。ゴルフも相撲も伝統思想を守るか商業主義に徹するか苦渋の選択を迫られている点で共通している。伝統思想を守ろうとすると財政問題に直面し、商業主義に徹すると品格問題に直面する。この問題は王侯貴族でも庶民の世界でも何百年も続いたことだから慌てることはないが、デモクラシーの世界では庶民の良心が選択することになっているのだから、いずれみんなで答えを出せば良いではないか。

 

ゴルフも相撲も強い国際選手が次々と現れて国際色が益々強くなってきたが、グローバル世界の中で伝統はどうやって生き残ればよいのか。伝統は守るものでもあり破られるものでもあるから、やはり時代や商業主義と闘って一緒に生き残る道しかなさそうだ。先週フロリダのPGAナショナルコースで開催されたホンダクラシックはコロンビアのカミーロ・ビジェーガスが13アンダーで優勝したが、米国本拠地で開かれた試合の上位成績10名は英国人3人、韓国人2人、アメリカ、コロンビア、南アフリカ、スウェーデン、フィジー各1人だった。ゴルフも完全に国際競技になったことがわかるが、それにしてもアメリカ本拠地で開催され、日本企業がスポンサーになっているトーナメントに、日本からは誰も出場していないのはホンダさんじゃなくても寂しい話だ。武士道精神と品格を備えた若ザムライが日の丸を背負って世界に名乗りを上げるのはいつの日か待ち遠しい。

 

品格って何?

2010年は予想もしない幕明けとなった。ゴルフ界の帝王タイガー・ウッズが私生活上の不品行が原因で引退同様の状態になっているし、相撲界の帝王朝青龍も好ましくない言動が原因でとうとう引退させられた。二人とも稀な才能と実力を持つ現役ナンバーワンのトップアスリートにもかかわらず、何故このようなことになってしまったのだろう。二人に共通して言われていることは「品格に欠ける」ということらしいが、「品格ってナンだ」となると誰も歯切れが悪い。最近「○○の品格」という題名の本がいろいろ書店に出回っているが、品格がナンだと言われたら確かにどの本も歯切れが悪くなる。

 

ゴルフも相撲も歴史と伝統を持っていることで知られているがゴルフは騎士道、相撲は武士道という伝統精神のうえに成り立っている。騎士と武士はどう違うのかとなると「見れば分かるじゃない」となるし、ドッチが強いのかとなると「闘ってみれば分かるじゃない」となって話はシラケルが、騎士道と武士道の共通点は何かとなると話はススム。一言でいうと闘うことを宿命付けられた者の品格を追及していることだ。騎士も武士も個人的には何の恨みも憎しみも無いもの同士が、戦場では互いに殺しあわなければならない使命と宿命を負っている。そこに倫理道徳がなくなれば野獣以下の存在になることを恐れて、ギリギリの人間的尊厳として日常の礼儀正しさ、弱者敗者に対する優しさ、勝って驕らない謙虚さが求められるようになったのではないか。この人間的尊厳を「品格」といっているようで、欧米社会でも地位や身分にふさわしい品格を「ノーブレスオブリージュ」などといって大切にしているようだ。

 

タイガー・ウッズはコースではチャンピオンだが家に帰れば一人の夫。朝青龍も土俵では横綱だが外に出れば一人の若者。この当然の論理を常識とするデモクラシー社会を実現するのに、先人たちは苦労し血を流してきた。誰もが神の下では平等という大原則を忘れるとデモクラシーは成立しない。市場原理に従った品格なき弱肉強食の競争社会で世界中の人たちが今も苦しんでいる。だから今「国家の品格」「企業の品格」「国民の品格」「政治家の品格」「投資家の品格」と騒がしく人間的尊厳を取り戻そうとしているようだが、難しく言わなくても人間の良心を取り戻そうとしていると言った方が分かり易いかもしれない。
嬉しいことに日本の若ザムライたちは実に幅広い範囲で日本人らしく活躍しているようで、海外の人たちからも好感を持たれているようだ。スポーツマン、技術者、職人、事業家、PKO活動家から自衛隊まで評判が良いのに、なぜか政治家とゴルファーの評判がよろしくない。やはり品格の問題なのだろうか。