ルーク・ドナルドのゴルフ

ダンロップフェニックスに6打差で優勝したルーク・ドナルド(英国)のゴルフを久しぶりにじっくりと観察させてもらった。世界の賞金王になるような人のゴルフはどこが違うのだろう。テレビ画面での観察だから大分的外れかもしれないが、スイングだけでなく表情、挙動、歩行姿など仔細に観察した結果、そこにはオーラだの栄光だの貫禄だの王者を表すようなものは何も見られない。物静かなひとりの英国人が淡々とゴルフをしている姿しか見えてこない。派手なパフォーマンスでギャラリーを沸かせるプロゴルファーの姿を見慣れてきた私たちにとって、改めて何かを感じさせられるルーク・ドナルドだった。

英国で発祥したゴルフは何百年も前から騎士道だの紳士道だの倫理道徳や行動規範を追求する精神文化として伝わってきた。百年ほど前に米国や日本に伝わったが、最初のうちは英国伝統精神を守っていたものの段々経済成長に伴って商業主義が支配し始め、伝統精神は影を潜めていったようだ。それでも米国は英国と同じプロテスタント国だったために、英国伝統精神を守ろうとする精神基盤は残っていたようだ。それが証拠に帝王タイガーウッズの非道徳的な言動に対して「No」を突きつけ謹慎を申し付けている。米国の国家理念とゴルフの基本精神は気脈を通じていることを明らかにした。

日本に伝わったゴルフは高度経済成長が始まる前1960年代までは英国伝統精神を受け継ごうという姿勢がはっきりしていたが、1970年代に入り高度経済成長が始まるや、伝統精神なんかかなぐり捨てて一直線に商業娯楽主義に突き進んでいった。さらに1980年代に入ると金融資本主義に毒されバブルに便乗して大暴れしてしまった。英国や米国の伝統名門コースを札束で張り倒すように買い漁ったのはこの頃である。1990年代に入ってバブルが崩壊すると日本のゴルフは大破綻し、プードルが水を浴びたようなみすぼらしい姿に変わり果てたが、日本のゴルフを復活させる道は英国伝統精神を取り戻すことかもしれない。

私たち日本のゴルフファンはバブル崩壊後、次々に破綻していくゴルフ場や紙屑となっていく会員権に幻滅したというより、虚勢を張って気取りきった田舎侍のようなゴルフ場の姿勢や見栄っ張りの成り上がり者集団のようなゴルファーの姿に幻滅した。いま日本の若者がゴルフに何の魅力も感じなくなったのは幻滅感だけが脳裏にこびり付いているからに違いない。でも思い直して欲しいのは世界を見る目と世界から日本を見る目を持てば、私たちがどんなに恵まれた国に生まれ育ったかが分かる筈だから。日本は米国に次ぐ世界第二位のゴルフ大国であること。日本には英国に負けない武士道や武道、茶道や華道などの高い精神文化が備わっていること。パラダイムの転換を図れば日本のゴルフは必ず復活するということをルーク・ドナルドは教えてくれた。

 

全英オープンの教訓

実力者フィル・ミケルソンの優勝で終わった「2013全英オープン」は、今年もまた数々の教訓を残してくれた。日本から8人出場して決勝進出は二人。その一人がプロ転向3ヶ月の大物ルーキー松山英樹で、タイガー・ウッズと同じ6位入賞である。予選二日間は米英を代表するフィル・ミケルソン(米)、ルーク・ドナルド(英)と世界のトッププレーヤーとプレーしながら、全く臆することなく堂々と予選通過したのだから見事というほかない。ちなみにドナルドは予選落ちした。

 

松山英樹は幸運だ。プロデビューの舞台は最古の伝統クラブミュアフィールド、共演の役者は英国を代表するルーク・ドナルドと、米国を代表するフィル・ミケルソン。初日二日目と同じ組でプレーしたのだから、それだけでも世界の注目を浴びるのに、そのうえ世界一のタイガー・ウッズと肩を並べる6位入賞だから、日本のゴルフ史に名を残す快挙といわなければならない。だからといってお祭り騒ぎをするのはまだ早い。この程度でお祭り騒ぎをするようでは、日本はいつまでたってもゴルフ三流国に終わるからからだ。優勝したミケルソンだって20年挑戦し続けてやっと勝利を掴み、キャディや家族と肩を抱き合って泣いた。

 

日本では、いままでどれだけ多くの有望な若者を「ほめ殺し」してきたか分からない。日本を世界地図で見れば一目瞭然、極東の小さな島国なのだ。日本一だからといって世界に出れば小さな存在に過ぎない。日本一だ!世界だ!金メダルだ!と騒がれて、万歳三唱で送り出された若者が落武者のようにひっそりと帰国する姿をどれほど見たことか。本来なら敗れて戻ってきた者こそ暖かく迎え入れ、激励してやるのが親心であり大人の姿のはずだが。いつまでたっても「一将功なり万骨枯る」では多くの有能な若者が次々と枯れていく。

 

今年の全英オープンには8人の日本人プロが挑戦しているが、多くの人がその事実すら知らないかもしれない。ひょっとしたら松山英樹一人が出場したと思っているかもしれない。眠い目をこすってテレビを見ていた私ですら、とうとう予選落ちした6人の姿が放映されるのを観ることができなかった。どんな思いで全英オープンに臨み、どんな思いで帰国したか考えると気になって仕方がない。彼らがプロである以上、安易な慰めは無用だ。臥薪嘗胆。その無念を明日の活力にしてこそプロなのだから。松山英樹は6位入賞は忘れてもいいから、R&A競技委員からスロープレーのペナルティーを喰らった悔しさは生涯忘れてはならない。日本から来た若者にガツンと拳骨を食らわせたR&Aも強かなら、「糞ったれ!」と言わんばかりの顔つきで最終日に巻き返した松山も強かだ。誉め言葉なんか忘れてその悔しさだけが心に残っていれば、必ず将来は世界を背負うプロに成長するだろう。