お座敷ゴルフ

「お座敷ゴルフ」という言葉を聞いたこともない人が増えてきたに違いない。これぞガラパゴス化の代表といえるかもしれないが、日本のゴルファーを決定的に駄目にした根源なので多くの人に知ってもらいたい。そもそも「お座敷」が日本固有の文化だから外来スポーツ文化のゴルフと馴染むわけないが、見事に融合させたところに強烈なインパクトがある。「お座敷」はもっぱら政財界人の商談の場、密談の場として利用されてきたが、それ以前は旦那衆の遊びの場として利用されていた。遊びの場を商談の場、密談の場として利用するとはスマートといえばスマート、ウサンクサイといえば限りなくウサンクサイ。評価はともかく日本の経済成長に大きく貢献したことは事実なのだ。

 

しかし、日本のゴルフ文化にとっては成長どころか堕落に貢献した。そもそもゴルフは遊びにしろ競技にしろ自己責任・自己審判を大原則に成り立っている。エチケットから始まって状況判断・クラブ選択・結果責任・規則裁定を全て自己責任で進めなければならないのがゴルフだが、その大半をキャディに委ねたのが「お座敷ゴルフ」の姿だ。お座敷なら仲居や芸者が果たす役割をコースではキャディが一手に引き受けてくれる。OB・バンカー・距離・目標・風向・安全確認から、クラブ選択・ルール裁定・処置方法、さらにはボール探し・バンカーならし・グリーン修復・パットライン指示・旗ざお持ち・ボールマーク・ボール拭き、おまけに慰めと励ましの言葉もかけてくれる。

 

欧米豪州なら大統領といえども全てを自己責任で実行するが、それをセルフプレーという。いい加減なことをすればゴルファー以前に人間性や大統領の資質まで疑われる。お座敷ゴルフで育った日本のゴルファーは欧米諸国の人とまともにゴルフはできない。特に政財界のみならず民間の要人ともゴルフはしない方がいい。交流以前に人格を疑われては元も子もない。日本のゴルフがガラパゴス化していることは、外部環境に触れて初めて分かることだが、ガラパゴス島で育ってしまうと結構居心地が良くて「コレはコレでいいんじゃない?」と思ってしまうところが落とし穴だ。

 

周りの空気が読めない人のことを「KY」と言うらしいが、今や日本全体が外国からKYといわれているような気がしてならない。ゴルフエチケットの基本理念は 1.安全に対する配慮 2.他のプレーヤーに対する配慮 3.コースに対する配慮と全て周りの空気を読むことばかり。お座敷ゴルフはその全てをキャディに委ねてしまったところに問題があった。キャディ教育ばかり熱心にして肝心のゴルファー教育をしてこなかったことは、ゴルフの基本精神からしても本末転倒だった。しかしゴルフは自己責任・自己審判のゲームである以上、ゴルファーひとり一人が自己責任で自分を教育しなければならないことも確かだ。

 

18ホールスループレー

欧米豪州でゴルフをした人はアウトとインの中間で昼食休憩を取った経験はないはずだ。通常アウトからスタートして9番を終わり、トイレかショップに用事がない限りクラブハウスに戻ることはない。9番と10番がクラブハウスから離れていることも多いから、トイレはプレー途中で用を足し、お腹が空いたら持参したサンドイッチ、バナナ、チョコレートなどを食べる。移動売店車が回ってきたら買って食べればいいし、愛想の良い売り娘が来たら無理して買って食べても良い。ゴルフはハイキングと同じだから、プレーしながらモノを食べてもエチケットやマナーを問われることはない。アリゾナ当たりでゴルフをするときは、5リットルくらい水を用意しないと生きては帰れない。料金を払ってスタートしたら、後は全て自己判断・自己責任でプレーするのが国際標準のゴルフスタイルなのだ。スターターは「グッドラック」と一言いうだけで、後は一切干渉することはない。

 

9ホールで1時間休憩し、酒を飲んだりご馳走食べたりして残り9ホールをプレーし、終わったらゆっくり風呂に入る「お座敷ゴルフ」は、日本固有のゴルフスタイルなのだ。日本のコースでは9ホール終わって調子が良いからこのままプレーを続けたいといってもほとんど許されない。問答無用で午後のスタート時間を告げられ、最低40分から1時間の休憩を申し渡される。だから日本のゴルファーは18ホールスループレーする体力も気力も備わっていない。一世代前のボビージョーンズの時代には、一日36ホール競技をしていたから18ホール終わって休憩と食事を取らないと体力が持たなかった。最近は9ホールで充分という人も出てきたが、現代人はそんなに体力が落ちたのだろうか。これは体力の問題より習慣の問題だ。欧米豪州でゴルフをする場合、日本人といえども18ホールスループレーが原則だから、疲れて休みたければ後続組に「少し休みたいので、お先にどうぞ」といえば気持ちよくパスしてくれる。実際には海外のゴルフコースで、途中疲れて休んでいる日本人ゴルファーの姿を見たことがない。疲れるどころか日本でプレーしている時より遥かにハツラツとした姿で、雨が降ろうが雷が鳴ろうが早朝から日没まで頑張っている。だから日本人は現地の人から「カミカゼゴルファー」と囁かれている。

 

日本固有の「お座敷ゴルフ」がいつから定着したか良く分からないが、私自身も外国人に指摘されるまで気が付かなかった。ただ周りがそうしていることと食堂売上を伸ばすためであることだけは解っていた。その国固有の習慣や環境を常識として受け入れていること自体をガラパゴス化というのではない。ガラパゴス化というのは、その常識が国内でも通用しなくなり絶滅の危機に瀕したとき初めて使われる表現なのだ。やがて「お座敷ゴルフ」を懐かしく思い出す時が来るのだろうが、ゴルフ場の絶滅だけは見たくない。